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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)8474号 判決

第八四七四号事件原告

三井海上火災保険株式会社

第八四七四号事件被告

小川和美

ほか二名

第三六六二号事件原告

北村智樹

ほか一名

第三六六二号事件被告

三井海上火災保険株式会社

第五五一九号事件原告

北村智樹

ほか一名

第五五一九号事件被告

小川和美

主文

1  平成一〇年(ワ)第八四七四号事件被告小川和美は、同事件原告に対し、金一四七万円及びこれに対する平成一〇年三月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  平成一〇年(ワ)第八四七四号事件原告は、同事件被告北村智樹及び同事件被告森田浩朗に対し、別紙記載の交通事故を原因とする別紙記載の自動車保険契約に基づく対物賠償保険金支払債務を負わないことを確認する。

3  平成一一年(ワ)第三六六二号事件原告らの同事件被告に対する請求をいずれも棄却する。

4  平成一一年(ワ)第五五一九号事件原告らの同事件被告に対する請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は、全事件を通じ、平成一〇年(ワ)第八四七四号事件被告らの負担とする。

6  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

1  平成一〇年(ワ)第八四七四号事件

主文一項、二項と同じ。

2  平成一一年(ワ)第三六六二号事件

平成一一年(ワ)第三六六二号事件被告は、同事件原告北村智樹に対し金一五二万七三七六円、同事件原告森田浩朗に対し金九一万七四三三円及びこれらに対する平成一一年六月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  平成一一年(ワ)第五五一九号事件

平成一一年(ワ)第五五一九号事件被告は、同事件原告北村智樹に対し金一五二万七三七六円、同事件原告森田浩朗に対し金九一万七四三三円及びこれらに対する平成一一年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

1  訴訟の対象

(1)  平成一〇年(ワ)第八四七四号事件

民法七〇三条(不当利得返還請求権)、自動車保険契約、民法七〇九条(交通事故、物損)

(2)  平成一一年(ワ)第三六六二号事件

自動車保険契約、民法七〇九条(交通事故、物損)

(3)  平成一一年(ワ)第五五一九号事件

民法七〇九条(交通事故、物損)、自賠法三条

2  争いのない事実及び証拠上明らかに認められる事実

(1)  本件事故の発生(甲一)

〈1〉 平成一〇年一月二七日(火曜日)午前三時ころ(晴れ)

〈2〉 大阪府高石市取石五丁目四番二八号先駐車場

〈3〉 竹村幸治は、小川和美が所有する普通乗用自動車(和泉五三ろ二二六三)(以下、小川車両という。)を運転中

〈4〉 森田浩朗は、所有する普通乗用自動車(なにわ三四さ四八二五)(以下、森田車両という。)を駐車中

〈5〉 森田浩朗は、北村智樹が所有する普通乗用自動車(なにわ三三も五七五二)(以下、北村車両という。)を駐車中

〈6〉 駐車場内で、小川車両が後退中、駐車中の北村車両と森田車両の前部に衝突した。

(2)  前回事故の発生(甲一)

〈1〉 平成九年一一月一三日(木曜日)午後一一時四五分ころ(くもり)

〈2〉 大阪府堺市八下北三番二号先路上

〈3〉 丹田猛志は、普通乗用自動車(和泉五四ゆ三二二六)(以下、丹田車両という。)を運転中

〈4〉 竹村幸司は、小川和美が所有する普通乗用自動車(和泉五三ろ二二六三)(つまり、小川車両)を運転中

〈5〉 丹田車両が小川車両に追突した。

(3)  保険契約の締結

三井海上と小川和美は、別紙のとおり、小川車両について、自動車保険契約を締結した。

(4)  保険金の一部支払

三井海上は、本件事故について、自動車保険契約に基づき、小川和美に対し、平成一〇年三月六日、車両保険金として一四〇万円、臨時費用として七万円の合計一四七万円を支払った。

3  三井海上の主張(平成一〇年(ワ)第八四七四号事件の請求原因事実)

小川車両は、前回事故により後部に修理見積もり八八万円を要する損傷を被ったが、その修理をしないまま、本件事故が発生した。

本件事故についても、車両相互の損傷に整合性がなく、事故の発生が疑わしく、事故を偽装したと考えられる。

したがって、小川和美は本件事故により車両保険金を受け取る理由がないから、受け取った保険金は、不当利得として返還すべきである。また、北村と森田に対しては、対物賠償保険金を支払う義務がない。

4  小川和美の主張

小川和美は、前回事故後、小川車両の後部の損傷を修理をした。

その後、竹村が小川車両を運転中、本件事故を起こし、小川車両は後部に損傷を受けた。

したがって、小川和美は、車両保険金を受け取る法律上の理由がある。

5  北村、森田の主張(平成一一年(ワ)第三六六二号事件と平成一一年(ワ)第五五一九号事件の請求原因事実)

本件事故により、北村車両は修理費一二二万七三七六円、森田車両は修理費七一万七四三三円を要する損傷を受けた。また、北村智樹の弁護士費用として三〇万円、森田浩朗の弁護士費用として二〇万円を要した。

したがって、小川車両の付保会社である三井海上は、北村と森田それぞれに対し、修理費及び弁護士費用を支払う義務がある。

また、小川和美は、いわば竹村の使用者ということができ、北村と森田に対し不法行為責任を負う。

6  争点

(1)  小川車両は前回事故による損傷を修理していたか。

(2)  本件事故は偽装されたものか。

第三争点に対する判断

1  本件の各証拠を検討すると、次の事実を認めることができる。

(1)  前回事故後の修理について

〈1〉 証人東浦は、次のとおり証言する。

証人東浦は、小川和美の兄である。ブラッシュという名称で、個人で、自動車の販売修理業を営んでいる。自動車整備士などの資格は有していない。平成九年一一月、小川車両が走行中追突されて、後部に損傷を受けたとのことで、小川哲生(小川和美の夫)から、小川車両の後部損傷の修理を依頼された。ただし、加害車両の付保会社である安田火災の担当者とは交渉していないし、安田火災が作成した修理見積書も見たことがない。正確な時期は覚えていないが、持ち込まれた小川車両の後部を修理し、小川哲生に引き渡した。修理費は、見積書(丙二)のとおり、約四九万円である。

〈2〉 証人東浦の証言は以上のとおりである。しかし、加害車両の付保会社である安田火災は、部品価格や工賃を明示したうえ修理費約八八万円の見積書(甲一)を作成している。そうすると、証人東浦がこれより約四〇万円も低額の約四九万円で修理をすることができたかどうかは疑問がある。さらに、証人東浦が発行した見積書は、摘要と金額を記載しただけで、発行年月日の記載もなく、内容のみならず、その作成過程にも疑問がある。また、証人東浦は小川車両を修理したと証言するが、当時の取引先などからの仕入れを裏付ける書面などの客観的な証拠もまったくない。

要するに、証人東浦の証言を裏付ける客観的な書証がなく、その証言内容も合理的かつ自然とはいえない。

(2)  鑑定について

〈1〉 三井海上提出の報告書(甲一)と鑑定書(甲二)は、次のとおりの内容である。

小川車両は、前回事故により、トランクリッド後端下部に塗装がはげた擦過傷、リアバンパーに波打つような凹凸変形、マフラーテールパイプ上部に擦過傷などの損傷を受けたが、本件事故により損傷を受けた後の小川車両にもこれらの損傷が認められる。なお、これらの損傷以外については、本件事故により小川車両が後部に大きな損傷を受けているため、比較は難しい。

〈2〉 この鑑定については、鑑定書に添付された写真を検討すると、内容自体は合理的であるとともに、これに反する証拠はない。

したがって、修理をしていない損傷部分は走行に支障を生じさせないものではあるが、修理をしていなかった可能性が大きいと認められる。

(3)  本件事故による損傷について

〈1〉 小川車両は、本件事故により、次のとおり損傷を受けた。

後部バンパーは大きく「く」の字に曲がっている。そのためトランクカバーも上方に押し上げられ、開閉が不可能な状態である。リアフェンダーも、後輪タイヤ付近まで曲損様の損傷を受けている。リアウインドガラスは、全壊の状態である。(甲一)

これらの損傷状況によれば、正確な速度を認定することは難しいとしても、低速ではなく、かなりの速度で衝突したと推定することができる。

〈2〉 森田車両は、ボンネット前端部が損傷を受け、やや浮き上がっている。ほかに、フロントバンパー左側が後方に押し込まれている。

北村車両は、右前照灯レンズが破損し、その周辺のボンネットやフェンダー前端部が破損し、ボンネットはやや浮き上がっている。(甲三)

これらの森田車両と北村車両の損傷状況と小川車両の損傷状況を比べると、小川車両が後部を大破しているのに対し、森田車両と北村車両は外観上比較的軽微な損傷である。また、小川車両のリアバンパーが大きく「く」の字に曲がった原因が判然としない。

したがって、小川車両と森田車両及び北村車両の各損傷に整合性があるかどうかは疑問がある。

(4)  本件事故に至る経過についての供述

〈1〉 竹村は、次のとおり証言する。つまり、所有していたホンダインスパイアを修理してもらうため、事故前日の午後一〇時ころまでにカークラブエムズに行った。エムズの経営者である森田浩朗は同級生である。エムズの従業員である森田雅尚も同級生である。小川哲生とは知り合いであった。インスパイアを点検してもらったところ、部品の取り寄せが必要であることがわかり、エムズに預けることになった。一二時ころ、小川哲生がエムズに来た。小川哲生が来てから三〇分くらい雑談をしてから、眠くなったので、小川哲生の承諾を得て、小川車両で寝ることにした。小川車両は敷地内の駐車場に、キーを付けてエンジンがかかったまま駐車されていた。後方には森田車両と北村車両が約一五m離れて駐車されていた。午前三時ころ、森田雅尚に起こされ、閉店するから小川車両を車庫に入れるように指示された。そこで、シフトレバーをリアに入れようとしたが、入っているか入っていないかわからず、アクセルをふかしてみた。ばっという感じで動いたので、ブレーキペダルを踏んだつもりだったが、実際にはアクセルペダルを踏んだようで、後方に駐車されていた北村車両と森田車両の前部正面に衝突した。シートベルトをしていなかったが、頭や胸を打っていないし、病院にも行かなかった。以上のとおりである。

しかしながら、これらの証言は採用しがたい。

まず、竹村の証言は前記のとおりまとめることができるが、事故を起こしたときの状況については、シフトレバーをリアに入れたのか、入れたかどうかを確認したのかなど、その証言内容がきわめて曖昧である。また、仮に竹村の証言を前提としても、シフトレバーをリアにしてアクセルを踏んでも急にスピードはあがらないと考えられる。したがって、ペダルを間違えたとしても、何らかの回避措置をとることができると考えられるが、アクセルペダルを踏み続けて約一五mも後退し、後方にいた北村車両と森田車両に衝突したというのであり、これは不自然な感じが免れない。したがって、竹村の証言は、事故が発生した経過についての証言に限っても、これを採用しがたい。

次に、前記認定のとおり、小川車両はリアガラスが全壊するなど後部が大破しており、かなりのスピードで衝突したことは明らかである。他方、竹村の証言内容は、バックするときに、ペダルを間違えて踏んで、約一五m後方の北村車両と森田車両に衝突したというものである。そうすると、竹村が証言する事故態様によって小川車両に前記の損傷状況が生じるのかどうかは、全くあり得ないことはないであろうが、疑問が残ると思われる。また、竹村は、事故のときにどこにも体を打っていないと証言する。しかし、これも、小川車両の損傷状況との整合性があるかどうかは疑問が残る。

さらに、竹村の証言を前提とすれば、小川車両はハンドルを右に切って後退して車庫に入ることになるから、小川車両がほぼまっすぐに後退して衝突した状況との整合性があるかどうかの疑問もある。

〈2〉 森田浩朗は、事故に至る経過のうち、事故前日と事故当日の状況については竹村と同旨の供述をするが、事故については目撃していないと供述する。ほかに、森田車両を所有していること、北村車両の修理を終えて駐車場に駐車させていたこと、小川哲生の紹介で北村と知り合ったこと、前回事故後小川車両の後部を確認していないことなどを供述する。

〈3〉 小川哲生は、次のとおり証言する。つまり、前回事故については、小川和美所有の小川車両を竹村に貸したところ、追突された。そこで、カープラザエムズで、小川哲生のほか、森田浩朗、安田火災のアジャスターらが立ち会って査定をして、最終的に修理費約八八万円を含む約一一五万円の損害と確定した。その後、義兄の東浦に修理を依頼し、修理をしてもらった。本件事故については、事故前日、運転免許停止中であったため、友人に小川車両を運転してもらって、午後六時から午後九時ころまでの間にエムズに行った。敷地内の駐車場にキーを付けたまま駐車させていた。途中で、竹村が眠かったようなので、小川車両内で寝ていたらどうかと述べた。その後、大きな音がしたため、本件事故に気がついた。事故は目撃していない。

2(1)  これらの事実を検討すると、次のとおり認めることができる。

(2)  前回事故については、小川和美、北村、森田らは小川車両の後部の損傷を修理した旨の主張をし、同旨の供述をするものの、これを裏付ける客観的な証拠がない。提出された修理見積書も、作成経過、内容ともはっきりせず、安田火災作成の見積書と対比しても、到底修理したことを裏付ける証拠とは認めがたい。かえって、鑑定書等によれば、本件事故時、小川車両には前回事故時に生じた損傷が残っていたと認められる。したがって、小川車両は、前回事故後、後部損傷の修理をしていなかったと認めることが相当である。

(3)  本件事故については、事故を目撃した者がおらず、事故を起こした竹村の証言などをもとに事故の発生経過を検討することになるが、事故に至った経過に関する竹村の証言内容は、どうして事故が発生したのかがわからず、それ自体不自然不合理であるといわざるを得ない。さらに、その供述内容が、小川車両の損傷状況、竹村の傷害の有無、駐車場と車庫の位置などの客観的な状況と整合していないといわざるを得ない。また、小川車両、森田車両、北村車両の各損傷の整合性があるかどうかも疑問がある。しかも、現場にいた関係者、車両所有者はみな知り合いというのである。

そうであるとすれば、ペダルを誤って踏んで事故を起こした旨の竹村の証言を採用することはできない。そして、前記認定の諸事情、つまり、前回事故後小川車両の後部の損傷を修理していなかったことを踏まえ、本件事故の発生を合理的に説明するには、竹村、さらには、関係車両の所有者である小川和美と哲生、北村智樹、森田浩朗が共謀して故意に本件事故を発生させたと認めることが相当である。

3(1)  したがって、小川らが前回事故による修理をしないで本件事故を故意に発生させたのであれば、本件事故について車両保険金を支払う要件を欠くから、小川和美は車両保険金を受け取る法律上の理由がない。

したがって、また、小川和美は、すでに受け取っている車両保険金を三井海上に返還すべき義務を負うと認められる。

(2)  また、本件事故について対物賠償保険金を支払う要件を欠くから、三井海上は北村と森田に対し対物賠償保険金を支払う義務がない。他方、北村と森田の三井海上に対する対物賠償保険金支払請求は理由がない。

(3)  なお、北村と森田は、小川和美に対し、所有車両の修理費相当額の支払いを求めるが、その法律上の根拠が明らかではなく、これも理由がない。付け加えると、北村と森田が、竹村に対し、修理費相当額の支払いを求めたとしても、前記認定の事故態様によれば、竹村に損害を賠償すべき義務が発生するとは認められない。

(裁判官 齋藤清文)

別紙1 本件交通事故

〈1〉 平成10年1月27日(火曜日)午前3時ころ(晴れ)

〈2〉 大阪府高石市取石5丁目4番28号先

〈3〉 竹村幸治は、小川和美が所有する普通乗用自動車(和泉53ろ2263)を運転中

〈4〉 森田浩朗は、所有する普通乗用自動車(なにわ34さ4825)を駐車中

〈5〉 森田浩朗は、北村智樹が所有する普通乗用自動車(なにわ33も5752)を駐車中

〈6〉 駐車場内で、小川車両が後退中、駐車中の北村車両と森田車両の前部に衝突した。

別紙2 自動車保険契約の締結

〈1〉 保険契約者 小川和美

〈2〉 被保険自動車 和泉53ろ2263

WAUZZZ8AZ-LA196802

〈3〉 保険期間 平成9年8月15日から平成10年8月15日

午後4時まで1年間

〈4〉 保険金額 車両保険金140万円(臨時費用7万円)

対物賠償1000万円

〈5〉 証券番号 0818278246

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